2010年04月18日

【ばり研通信】良いとこも怖いとこも知ること

以下、「ばり研通信」123号より、一部、修正して掲載してます。
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とりあえずいってみますかぁ♪

■良いとこも怖いとこも知ること

s100418.jpg ばり研を引っぱる?スタッフのHさんは、知的障害をもつJさんの母親でもあります。そんなHさんが、どうしてばり研のスタッフになったのか、聞いてみました。

 10年ほど前、ばり研は、代表のLさん、中心的スタッフのKさん、他のスタッフ、数名のメンバーで活動していました。パン屋のHさんは、そこへパンを持って行ってました。

 その頃の冬、ばり研は福島旅行に出かけます。この旅行に、Jさんを連れて行きたいとKさんから言われ、Hさんは大丈夫だろうと行かせます。ですが旅先の宴会中に、Jさんはホテルから出て行ってしまいます。極寒の中、見つからず、捜索願かとなりますが、Jさんは、パジャマ姿で付近のアパートのインターホンを鳴らし、不審者通報され助かります。ホテルの玄関を出たものの、入れなくなったそうです。Hさんは、Jさんを一人で行かせたことを無謀と思いながらも、よく一人で行動しインターホンを押せたなとも思います。すごいと同時に大人だったのかなと感じたそうです。

 さらに、Kさんはこの出来事を、現場からはHさんに何も言わず、帰ってきてから伝えます。このことで、HさんはKさんを、いなくなったら探してくれる、引き受けた中で最善を尽くしてくれる、と感じたそうです。

 その後、当時の大宮市役所で、ばり研がパン販売をすることになります。その初日、Hさんが市役所にパンを持っていくと、スタッフはおらず、販売がままならない?方だけが待っていました。でも販売しなくてはなので、Hさんは帰れず、そのままパンの販売をしてしまいます…。実は、Kさん以外のスタッフが辞めていたのでした。

 同じ頃、ばり研のメンバーが減り、Jさんがばり研メンバーに加わります。Hさんは、やさしい人とではJさんはつくり会えない、本物にならないと思っています。ちょうど、Kさん以外のスタッフが辞めたことで、Kさんのやりたいようにやれる、良いとこも怖いとこも、Jさんは知ることができると感じたからだそうです。ばり研に通い始めたJさんは、一人での電車通勤など、段階をふみながら新しいことに挑戦していきます。

 Hさんがそう思えるのは、Jさんが地域の普通の学校へ行っていたからだといいます。学生服を着て中学へ、そして高校へも行き、危険なとこも含めて行って来いと送り出したことで、Jさんは、18歳からでは経験できないことを、経験してきています。学校は、入ればクラスメイトから受け入れられたので、地元の成人式に行けば、みなが声をかけて迎えてくれます。地元の学校へ行ってなかったら、みなのとこへ行かせようとは思わないといいます。

 その頃Lさんは、車いすに乗せられて、日進から歩いて来ていました。Kさんは、代表を務めるLさんに、メンバーといっしょにやって、いっしょに感じることを経験しなかったら代表はできない、上からの指示ではできないと話します。パン販売のパートとして関わるようになったHさんは、そんなLさんのやれないこと、Kさんがやりたいけどやれないところを、サポートするようになります。ただし、Jさんといっしょの活動は、やりたくないので引き受けないことが条件でした。

 ちょうど、ばり研が3周年イベントを迎える頃で、Hさんは、Lさんと宣伝とチケット販売に、NACK5や埼玉トヨペットにでかけていきます。そんな中で、はあとねっと輪っふるという新しい動きも始まります。ですが、その輪っふるがスタートしてしばらくしたある日、Kさんは突然いなくなってしまいます…。さらにその後、Lさんが市議を目指すことになり、Hさんは、ばり研のデイケアNEUEを引き受けざるをえなくなっていきます…。

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posted by ki at 22:47| Comment(0) | ばり研通信
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