2012年10月17日

【ばり研通信】自分の意思で「見る」こと、判断すること

「ばり研」は、http://blog.goo.ne.jp/neue-blogです。
以下、「ばり研通信」147号より、一部、修正して掲載してます。
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とりあえずいってみますかぁ♪ #43

* 自分の意思で「見る」こと、判断すること *

s121017.jpg どんなに視力が良くても、自分の意志で「見る」ことをしないと、見えないんだなぁと感じています。目の網膜?には像が写っていても、そこからの情報を脳が取り出さないというか、利用しないって感じなのでしょうか。

 ばり研のA君も、2年ほど共に過ごす中で、少しそう感じるようになりました。A君は視力はとても良いです。でも目線がいく対象が、自分の意志というか動作と関係なく動いているように思えました。何をしていても、ほぼ自動的に?目線は人の顔にいってしまいますし、気になる音がすれば、そちらにいってしまいます。たとえ首の向きと違っていてもです…。ばり研に来ている時のA君は、人の顔、文字、食べ物の3つ以外は、ほとんど見えていなかったのでは…と思うほどです。

 手で作業するときは、ほとんど手先からの感触だけでこなそうとしていましたし、周りや人の様子を把握するのは、とてもよく聞こえる?耳からの情報で判断していたようです。車いすで進む動きは、こぐ手からと座っているお尻からの感触で、地面や障害物の状況を把握していたようですし、車いすで進む時は、前方をほとんど見ずに、直前の地面に目線を下げて、突進していく感じでした。これは、車いすをこぐという動作だけの訓練を受けてきたこともあるのでしょうね。目

 私の文章では珍しく?、上は過去形で書いてます。上のように思ったので、今年の4月頃から、A君と自分の意志で何かを「見る」練習をスタッフで取り組み始め、4ヶ月でかなり変わってきました。「見る」ことだけでなく「見える」ようにもなってきたようで、状況把握の手段が増え、自分の意志で判断したり行動したりの範囲が少し広がってきました。

 4月から何か特別なことをしたわけではなく、とにかく色々「見る」ことをしています。朝、待ち合わせる大宮駅でも、お店、人、看板、駅の設備、カフェ…など見つけてもらったりします。車いすの移動も、前を歩く人や自転車、車を見て避ける判断をするだけでなく、横にあるお店、商品、建物、道路脇、空…などを話しながら見ていってもらいます。バス移動中も窓から沿道のお店や人、車…などを見ています。ただ街の中でも、まだ風景はあまり見い出せないようで、どうしても文字を探すことが多いです…。

 ばり研の事務所や販売の動きだけでは行動範囲が狭いので、見たことがないモノを「見る」ために街歩きにも出かけます。上の写真は、大宮で街を歩きまわった後に、高島屋で物産展を見つけて行ってみた時です。物産展でも、各お店をまわって、話しながら商品や値段やお店の人を見ていきます。そこで興味も持ってほしいのですが、この時はまだ始めた頃だったので、個々のモノのことはあまり感じてなかったですねぇ…。モバQ

 今では、自分で道を判断して目的地まで行ったり、駅の帰り道でも、グルグル振り返ったりしてウルサイ私がどこから見てるか探したりしてます。「見る」ことができるだけで、自分の状況をかなり把握でき、判断の幅も広がったようです。耳と手先の情報だけでは、さすがに街は歩けないですよねぇ…。

 そんなA君ですが、引き続き、見たことを覚えて後で他の人に伝えることや、どこまでやって良くてどこからがダメなのか…など、気付いてもらうようにスタッフで動いています。中でも私は、会話がA君はあらかじめ自分で用意した台本でするものと思っている?のを変えることや、痛い、暑い、熱い、冷たい、ツラい…などを強く自覚して、自分でまずいと思う場合に他の人に表現できることを、少しでも気付いてもらえるといいかなと思って動いてます。るんるん

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posted by ki at 21:25| Comment(0) | ばり研通信
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